2022年7月25日月曜日

朝4時に目が覚めて、ようやく夢と現実の狭間から少し覚めてきたところ。

夢に数年前に亡くなった友人が出てきた。
亡くなったと書くには今はまだ憚られるくらい、あまりにも生々しく、声とか眼差しとか、いつもの雰囲気そのままで。後から思い起こすと、何故そんなシチュエーション?というような、どことはよく分からない不思議な場所で会ったのだけれど(夢ってそんなもの?)、目覚めるまではそれが夢だとか亡くなった人だとかは考えていなかった。目覚めて自分が夢を見ていたと実感してからは、どうしてそんな夢をと考えながら、その彼の在りし日に交わした取りとめもない瞬間とか場所やその空気感が急によみがえってきて、なんとも、どこか整理しきれていない。

思い当たるのは、昨日久々に、ドイツに行っていたという方と少しお話しする機会があり、ベルリンやライプツィッヒ、ミュンヒェンなども話題にあがったこと。

そう言えば…と、去年、ドイツ帰りの方と音楽を通じて知り合った時、お互いドイツの話をしてすごく盛り上がって嬉しかったのをも思い出した。

15年半ドイツに住み、住み慣れた場所を離れて完全帰国した後は日本で生活する自分の形を見つけようともがくように過ごしてきて、結局今もその延長線上。日本ではどうしてもドイツでの感覚を共有できるような人はなかなか周りにいないし、無意識のうちに多くの記憶や感覚に蓋をしているのだろうと、先程急に気付いた。そして恐らく、わたしの場合はそれがドイツでの日々であるけれど、皆、多かれ少なかれそのような部分を持っているのかも知れないなぁと想像してみたりした。
人間の記憶って不思議…或いはそれに収まらない不思議な体験をした気分。

亡くなった彼(と書くのは今も淋しいけれど)とは学生時代に知り合い、その後それぞれの道を歩むうち、何年も間に置きながらもまた再会したという風な関係だったけれど、努力家で独特な才能の持ち主だった彼は会うたびにビッグになっていた。わたしはと言えば、それなりに経験は積んだけれど、どちらかと言うと、自分の今やっている事を地道に続けてきたという感じだった。一時帰国する直前にまたその彼と再会し、その頃にはもう学生時代の彼とは違ってどこか手の届かないような人になっちゃったなと一抹の淋しさも感じながら(笑)尊敬していた。その人懐っこさとか懐の広さ、自由さは相変わらずだった。

…そんな彼と久々に夢で出会い、これはどういう事だったのかなと感じてしまった苦笑
最近、仕事や身の回りの事に追われてかなりアップアップ気味のわたしに、ほら、しっかり、というメッセージだったのかな……ちょっと泣きたいような気分に。

今日も始まる。
ちょっと気持ちを新たに入れかえることが出来るかも知れません。

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